時代に適応するか、我を通すか

時代に適応するか、我を通すか

一概にどちらが正しいとは言えないことです。

江戸時代の出来事でも、

明治維新の時代でも、

時代の流れについて行けず大義名分の下に、

いろいろな出来事が起こったことは、

歴史を見ているとでてきます。

見方を変えると、

要は個人のこだわりで皆に迷惑をかけたと解釈できなくもない。

今から見れば、

時代に適応した人たちと、

できなかった人たちがいた。

そして、できなかった人たちが

いろいろと行動し、それが歴史に残る事件となっている。

端的に言えば、それだけのことかもしれないなぁ。と。

今も、いろいろなことが起こっています。

パナソニック、ソニーなど電気産業界の大リストラ。

終身雇用という概念からすれば、

大変なことが起こっているように見えるけど、

終身雇用自体、そんなに長い歴史がある制度でもないです。

時代が流れているのです。

それが、一時的なものなのか、

それとも時代が大きく変わる波なのかは、

時間が経たないと判らないことです。

将来、歴史的に見ると大きな事件、出来事かもしれません。

時代を変える大きな波というのは、

振り返れば、

避けようの無かったものとして認識できるのです。

明治維新然り、

太平洋戦争の敗戦然り、

政権交代然り、

これらに対しては、

納得いく、いかないでなく、

受け入れざるを得ないものとして私たちに降りかかってきたのです。

それぞれの時代でも

いち早く受け入れ、その中で通用する人になった人と、

以前の思想にこだわり、葛藤の日々の中から造反を企てる人もあったでしょう。

私たちはどちらを選ぶのが良いのでしょう。

もちろん、どちらでないとダメというものではないですね。

10数年前、

携帯電話を持っていないことは当たり前でしたね。

現在、もっていない人のほうが珍しい。

で、今も持っていない人もいます。

そしてその言い分はいろいろ、

ここでそれを批判することはしませんが、

そのこだわりが、

自分の不利益の範囲で終わっているなら問題ないですが、

周りに迷惑をかけていないことを祈ります。

私自身も、年齢を重ねてきて

結構こだわりを持っているほうかもしれません。

時代の流れの最先端に合わせて、

トップを走り、

新しい自分のスタイルを生み出すことは不可能かもしれませんが、

聞き分けの無い子供のような大人ではなく、

古い価値観のうち、

不要なもの、不適なものは変更できる大人でいたい。

そのほうが、幸せな気がします。

そろそろ携帯もスマホに変えたほうがいいのかなぁ

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